慈願寺ホームページ


慈願寺門前全景

慈願寺について

 正式には「鹿﨑山 信壽院 粟野坊 慈願寺」(しかざきさん しんじゅいん あわのぼう じがんじ)といいます。
 真宗大谷派(京都市・真宗本廟【東本願寺】)を本山とし、貞応2(1223)年に宗祖親鸞聖人の直弟、信願房釋教念(俗称・那須太郎肥前守資村)によって創建された二十四輩十三番の旧跡寺院であります。

信願房釋教念像

 延宝8(1680)年に現在地である烏山、鍛冶町(現・那須烏山市中央)に寺基を移し、江戸末期の北陸真宗門徒の北関東移民では、当地方おける門徒移民受け入れに中心的な役割をはたしました。
 江戸期に3度の火災による焼失、さらに明治10(1877)年の通称「久四郎火事」の大火により伽藍は灰燼に帰しましたが、各々その都度再建。
 昭和50年代より新設道路開通のため、伽藍配置が大きく変更され、それに伴い境内整備が進められてきました。
 社会状況が急速に変化する現代社会において、真宗寺院が聞法の道場として、お念仏の教えを聞き開く場所として、その本旨が全うされることが願われています。

大欅を中心に